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那覇地方裁判所 平成元年(ワ)50号 判決 1991年3月27日

原告

鈴木貴子

右訴訟代理人弁護士

池宮城紀夫

立木豊地

石井将

佐伯静治

尾山宏

新井章

雪入益見

森川金寿

高橋清一

戸田謙

芦田浩志

柳沼八郎

北野昭式

藤本正

深田和之

谷川宮太郎

被告

沖縄県(以下「被告県」という。)

右代表者知事

大田昌秀

右指定代理人

津嘉山朝祥

浦添強

崎浜秀俊

前原昌直

被告

竹富町(以下「被告町」という。)

右代表者町長

友利哲雄

被告

鳩間昇(以下「被告鳩間」という。)

右被告三名訴訟代理人弁護士

阿波連本伸

宮國英男

主文

一  被告県は、原告に対し、金四万九〇六七円及びこれに対する平成元年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告県との間においては、原告に生じた費用の三分の一を被告県の負担とし、その余は各自の負担とし、原告とその余の被告らとの間においては、全部原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項同旨

2  被告町及び被告鳩間は、原告に対し、連帯して金一〇〇万円及びこれに対する平成元年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第1、2項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、地方教育公務員であり、昭和六三年当時沖縄県八重山郡竹富町立船浦中学校(以下「船浦中」という。)に勤務していた。

(二) 被告県は、市町村立学校職員給与負担法(以下「給与負担法」という。)一条、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行政」という。)四二条、地方公務員法(以下「地公法」という。)二四条及び沖縄県職員の給与に関する条例(以下「給与条例」という。)に基づき原告に給与を支払うべき地位にある。

(三) 被告町は、地方自治法、地教行法に基づき、竹富町教育委員会(以下「町教委」という。)を設け、原告ら教職員の服務監督権の行使等に当たらせているが、町教委及び被告鳩間のなした後記不法行為について、国家賠償法一条一項によりその責任を負う立場にある。

(四) 被告鳩間は、地方教育公務員の地位にあり、昭和六三年当時、船浦中の校長の職にあった。

2  原告の年次有給休暇(以下「年休」という。)請求の経緯

(一) 原告は、昭和六三年一〇月二四日から同月二七日までの間に札幌市で行われた日本教職員組合(以下「日教組」という。)が主催する全国教育研究集会(以下「全国教研」という。)に音楽分科会の正会員(レポーター)として参加するため、右全国教研の日程が決まった同年九月に被告鳩間に対し、同じく右全国教研にレポーターとして参加する同僚の里井洋一教諭と共に右四日間の年休を取る旨口頭で申し出た。

(二) 被告鳩間は同年一〇月初旬ころ、原告と里井に対し、二人は無理であるからどちらか一人に調整するように指示した。

(三) 原告と里井は同月一一日、改めて口頭で右四日間の年休を取る旨申し出たが、被告鳩間は一人は認めるが一人は認めないとの態度を譲らなかった。

(四) 原告と里井は同月一四日、同僚の教諭の協力、了解を得て別紙(略)のとおりの「交換時間割」を作成し、被告鳩間に示したが、被告鳩間は授業時数に偏りがあるとしてこれを認めなかった。

(五) 原告と里井は、同月一七日の職員朝会の場で改めて右「交換時間割」を全教諭に示したが、その際被告鳩間は全く発言しなかった。

(六) 被告鳩間は同月一八日、里井に対し、里井のみは承認するので早く年休届を出すように指示したが、原告に対しては何の意思表示もしなかった。

(七) そこで、原告と里井は、同日それぞれ年休届を被告鳩間に対し提出して年休の時季指定をしたが、原告の年休届は「不承認」として原告に返還された。

(八) 被告鳩間は同日午後から同月二四日まで出張したため、原告は同月二二日、年休届を教頭に対して提出し、後日更に被告鳩間と話し合うことにし、全国教研に参加した。

(九) 被告鳩間は、この間原告が年休を取れるようにするための配慮は一切しなかった。

3  本件給与減額及び文書訓告に至る経緯

(一) 原告は、右時季指定に係る日に出勤しなかった。

(二) 被告鳩間は、原告に対して右四日間の欠勤届を出すように指示したが原告が拒否したため、自ら原告の出勤簿欄に欠勤と記入し、沖縄県教育委員会(以下「県教委」という。)、町教委に経過報告と給与減額の事務手続を行った。

(三) 被告県は、原告が本来受給すべき一一月分の給料額から四万〇四一六円、同年一二月勤勉手当額から七五一三円、ベアー遡及分のうち給料分から九六〇円、ベアー遡及分のうち一二月勤勉手当額から一七八円、合計四万九〇六七円を減額して原告に支給した(以下「本件給与減額」という。)。

(四) 被告鳩間は前記経過報告書と意見書を、原告は一一月一一日に意見書を、それぞれ町教委に提出した。

(五) 町教委は、同年一二月一二日原告に対し、原告が無断欠勤したとして、かかる行為は職務上の義務に違反し、父母・地域住民の学校に対する信用と期待を裏切るものであるという内容の文書による訓告をした。

4  被告県に対する請求

しかし、原告は、右時季指定によって適法に年休を取得したものであって、無断欠勤したものではないから、被告県がした本件給与減額は違法、無効であり、被告県は本件給与減額分合計四万九〇六七円を未払給与として支払うべき義務がある。

5  被告町に対する請求

(一) 被告鳩間は原告の本件時季指定に対し、時季変更権の要件がないにもかかわらず、違法に時季変更権を行使した。

被告鳩間は、年休の時季変更権を行使するに当たってはその要件が存在するか否かにつき十分に検討すべき義務を負っているにもかかわらず、当初より里井の年休のみを認めるとの立場に固執し何らの措置も検討することなく時季変更権を行使したものであって、本件時季変更権が違法であると認識するにつき故意又は過失があった。

(二) 町教委の宇根実教育長及び大浜美好指導主事は、時季変更権の行使は校長権限に属することで町教委はとやかくいえないとの立場に終始し、漫然と被告鳩間の右違法な時季変更権行使を適法と判断し、これに基づき町教委は原告に対し文書訓告を行った。したがって、宇根及び大浜は、本件時季変更権行使及び文書訓告をいずれも適法であると信じたことにつき過失がある。

(三) 被告鳩間、宇根及び大浜はいずれも被告町に身分を有し、公権力の行使に当たる公務員である。

(四) したがって、被告町は国家賠償法一条に従い、(一)(二)の違法な行為により原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

(五) 原告は、違法な時季変更権の行使及び訓告により、精神的苦痛を受けた。右精神的苦痛に対する慰謝料は一〇〇万円とするのが相当である。

6  被告鳩間に対する請求

被告鳩間は右違法な時季変更権の行使につき、故意又は重過失があるから、民法七〇九条により、個人としても前記原告の損害を賠償すべき義務がある。

7  よって、原告は、被告県に対し、右未払給与四万九〇六七円とこれに対する支払期日後の日である平成元年二月一六日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、被告町及び被告鳩間に対して連帯して国家賠償法又は民法七〇九条による損害賠償として一〇〇万円とこれに対する不法行為後の日である平成元年二月一七日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実のうち、「正会員(レポーター)として」の部分は知らない。その余は認める。

同(二)ないし(四)及び(七)は認める。ただし、同(四)の事実のうち「同僚の協力、了解を得た」点は知らない。

同(八)のうち、原告が全国教研に参加したことは認める。

同(九)は否認する。

3  同3の事実は認める。

4  同4は争う。同5(三)は認め、同(一)(二)及び同6は否認ないし争う。

三  抗弁

1  原告の年休の時季指定には、以下2ないし8のとおり事業の正常な運営を妨げる事情が存在したので、被告鳩間は、昭和六三年一〇月一八日、適法に時季変更権を行使したものである。

2  本件当時の船浦中の規模・内容

(1) 学級数

中学一年から三年まで各学年一学級の合計三学級

(2) 生徒数

一年六名 二年六名 三年一〇名の合計二二名

(3) 教職員数

校長・教頭・教諭六名

(4) 各教諭の担当科目

別紙担当科目一覧表(略)のとおり

3  原告の担当職務

(一) 原告は、一ないし三年の音楽、一、二年の美術、二、三年の家庭科、クラブ活動のほか、二年の学級担任として道徳と学活を担当していた。原告のほかに同中には音楽を指導できる教諭はいない。

(二) 原告が出勤しなかった昭和六三年一〇月二四日から同月二七日までの間に原告が担当すべき授業は一年四時限、二年六時限、三年三時限合計一三時限であり、クラブ活動を入れると一五時限になる。

4  事業の正常な運営を妨げる事情の存在

(一) 業務の非代替性及び代替者配置の難易

本件当時、原告のほかに、里井も原告と同一時季の年休の請求を行っていた。里井は、船浦中において、一ないし三年の社会、三年の美術、二年の英語を担当していた。

仮に、原告と里井の両名が請求にかかる期間年休を取ることになると、全校の三分の一の教諭を欠くことになって、四日間で全学級二二時数、クラブ指導も加えると二八時数(一年生教科七、クラブ二時限、二年生教科一〇、クラブ二時限、三年生教科五、クラブ二時限)において、正規の授業が組めないことになるが、これだけ大量の時間を残りの四名の教諭で有効に代替することは不可能である。

原告は、前記「交換時間割」のとおり代替授業の時間割案を示して代替の可能性を主張する。確かにこれによって空白となる時限は埋まるが、その週の授業科目の時数が極端に偏る結果となる。このように週時数に偏りが生ずると生徒の学習負担が過重となり、学習のリズム、学習意欲を損ない、指導効果、ひいてはゆとりのある充実した学習の保障が著しく妨げられるばかりか、他の教諭に対し、過重な労力の負担を強いることにもなる。

船浦中においては原告の担当していた音楽を担当できる教諭はほかにはなく、美術についても里井が同時に休暇を取るため、本件においては代替の可能性は本来ないものであるが、それ故直ちに年休権の行使を否定されるべきではなく、その結果一定の限度においては交換授業が行われることもやむを得ないところである。しかしながら、船浦中において従来しばしば行われてきた交換授業と比較しても、これまで複数の教諭が同時季に四日間も年休を取ったことはなく、本件の「交換時間割」のように著しく偏った例はない。そして、右「交換時間割」の実施に伴う「おかえし授業」は前後八週間にわたっている。これは、船浦中における交換授業の実施方針とも著しく異なっている。

したがって、本件において、同一時季に二名が連続して四日間年休権を行使することは事業の正常な運営を妨げるものというべきである。

(二) 業務の繁閑

翌月には船浦中の文化祭が予定されており職員は多忙となっていた。特に原告は吹奏楽を指導しており、これは文化祭には欠くことのできない中心的なプログラムであった。さらに一〇月初旬に町より翌月六日に行われる町民スポーツ大会において吹奏隊の出演依頼もあり、その練習も必要であった。

(三) 原告と里井のうち原告に対して年休の時季変更権を行使したのは、原告が二年の担任であり、また文化祭を控え原告の指導する音楽関係の種目の練習があったためであり、原告と里井のいずれに対して時季変更権を行使するかは校長の裁量の問題であり、本件では右裁量を超えるものではない。

5  年休配慮義務について

労働者が年休を請求した場合、これに対し使用者は年休取得のため通常の配慮をすべきであるが、通常の配慮をしてもなお事業の正常な運営を確保できない客観的な状況がある場合には通常の配慮をする必要はない。

本件においては、校長・教頭による代替は通常の配慮を超えているし、またそもそも校長・教頭が授業をすることは不可能である。そうすると、原告と里井が同時季に四日間連続して年休を取った場合には前記交換時間割のような時間割しか組めないことが明らかであり、このような時間割は事業の正常な運営とはいえないのであるから、使用者が通常の配慮をしても事業の正常な運営を確保できない客観的状況にある。したがって、このような場合には被告鳩間には通常の配慮義務はないといえる。

仮に、配慮義務があるとしても、被告鳩間は、原告らから九月に年休の時季指定をされたときから一〇月初旬に無理であると回答するまでの間に、二人が同時に連続して四日間休んだ場合でも週時数が極端に偏らない時間割が組めないかどうかを検討し、校長と教頭による授業も考えたが、管理職には管理職の仕事があること、被告鳩間や教頭では原告や里井の担当している教科は免許外になるため授業として成立しないこと等から断念している。また、里井から「交換時間割」を見せられた後もその案について検討を加えている。したがって、被告鳩間に配慮義務に欠けるところはない。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1、4、5は争う。同2、3の事実は認める。

2  以下の事情によれば、原告の本件年休の時季指定は、事業の正常な運営を妨げるものとはいえない。

(一) 原告と里井が作成した前記「交換時間割」は、年間授業時数を確保できるように配慮されたものであって年間授業計画からみても整合性を有する上、授業時数の偏りに対しても一定の配慮を施したものである。一般に、教育には弾力性、柔軟性があり、本件程度の一時的な週単位の時間割の偏りが生じても容易に回復されるものである。

交換授業は離島の小規模校である船浦中では学校運営上常態として実施されており、昭和六三年四月一日から同年一〇月二二日までをとっても授業日数のおよそ七〇パーセントにあたる八五日、二二三時数に交換授業が実施されており、原告の作成にかかる右「交換時間割」と同程度の交換授業が実施されたこともあり、本件がこれらと極端に異なるものではない。

被告ら主張の生徒の学習負担、学習リズム、教職員の労力の負担の面の影響は、いずれも抽象的であって、漠然たる危惧感にすぎない。

現実にも、原告及び里井の欠務期間中前記「交換時間割」により授業が滞りなく実施され、原告は、欠務後速やかに回復の授業を行い、里井も年休の二ないし三週間前から交換授業の準備を行っていたから、生徒らの学習効果にも問題がなく、年間授業計画や年間授業時数にも何ら支障を及ぼすことはなかった。また、原告は、二年生の学級担任であったが、副担任がおり、生徒の掌握上何の支障もなかった。結局、原告の欠務によって、船浦中の学校運営、授業に対し、具体的に問題にすべき支障は何ら生じていない。

しかも、本件においては、右の交換授業による代替措置のほか、校長、教頭による授業代行により事業の正常な運営を妨げるおそれを事前に回避することも容易であり、船浦中の教育実態からみて客観的にもそのような措置をとることが可能であった。

(二) 学校行事である文化祭も予定どおり実施され(一週間の延期は原告の本件年休と何ら関係ない。)、原告が全校生徒を対象にことのほか力を入れていたブラスバンド活動は急遽出場予定になった一一月六日の町親睦スポーツ大会への参加を含めて何の支障もなく実施された。本件年休の週及びその翌週に特段の学校行事は予定されていない。

(三) 被告鳩間の年休付与義務懈怠

使用者は労働者の年休に対してこれをできる限り取得・行使できるよう代替要員の確保等一定の努力ないし配慮をなすべき義務がある。しかるに、被告鳩間は右配慮を全くしなかった。代替要員の確保等により事業の正常な運営を妨げる事態の発生を防ぎ得るときにこれをしない場合は、事業の正常な運営を妨げるとはいえない。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1(当事者)、2(一)ないし(四)及び(七)(ただし同(一)のうち「正会員(レポーター)として」の部分を除く。)(原告の年休請求の経緯)、3(本件給与減額及び文書訓告に至る経緯)、抗弁2(本件当時の船浦中の規模・内容)、3(原告の担当職務)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

被告らは、原告の年休の時季指定に対し、事業の正常な運営を妨げる事情があったので被告鳩間が時季変更権を行使したものであり、右時季変更権の行使は適法なものであって原告の欠務は無断欠勤に当たる旨主張するのに対し、原告は右時季変更権の行使はその要件もないのに行使された違法なものであって、原告は適法に年休を取得したものであり、また、被告鳩間が右違法な時季変更権の行使をしたこと及びこれを前提に町教委の委員らが文書訓告をしたことは不法行為に該当すると主張する。したがって、本件における争点は、まずもって、被告鳩間がした時季変更権の行使が適法か否かに帰着する。そこで、以下この点について検討する。

二  右争いのない事実に、いずれも成立に争いのない(証拠略)の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  時季変更権行使の経緯

(一)  原告は、本件当時船浦中に教諭として勤務していた地方教育公務員であるが、昭和六三年九月ころ、同中学校の校長であった被告鳩間に対し、同僚の里井教諭と共に、同年一〇月二四日から同月二七日までの四日間の年休を取る旨口頭で申し出た。

(二)  被告鳩間は、検討の結果、同年一〇月初旬ころ、原告と里井に対し、同時季に二人は無理であるから、どちらか一人にするように指示した。

(三)  原告と里井は、同月一一日、被告鳩間に対し、再度年休を取る旨申し出たが、被告鳩間は、一人しか認めないとの態度を譲らなかった。

(四)  そこで、里井は、同教科が一日二時間ある場合にはできるだけ午前と午後に分けるように配慮し、他の教諭の了解を得て、右四日間について別紙「交換時間割」のとおりの交換授業の時間割を作成し、同月一四日、原告と共に、右時間割を被告鳩間に示した。

(五)  原告と里井は、同月一七日の職員朝会の場で改めて右時間割を全教諭に示したが、被告鳩間はその場では何も発言しなかった。

(六)  被告鳩間は、右「交換時間割」を検討した結果、二人が一度に四日間年休を取るのは無理であると判断し、二人のうち原告が二年の学級担任であること、音楽を担当しており翌月の文化祭に向けて吹奏楽等の指導が必要であることを考慮して、里井の年休のみを認めることとし、翌一八日の朝、里井に対し、里井の年休は認めるから早く年休届を出すように指示した。そこで、里井は原告と共に被告鳩間に対して年休届を出して右四日間の年休の時季指定をした。

(七)  被告鳩間は、同日昼ころ、原告の年休届の「承認しない」の欄に被告鳩間の印を押捺し、欄外に「時季変更権を行使する。」との記載及びその理由として「(1)二名は本校教諭の三分の一の数であること、(2)四日間は長すぎること、(3)三教科も担当していること、(4)学級担任であること、(5)他に特別な事由により年休行使者が出た場合、不在教諭が五〇パーセントにも達すること、(6)文化祭に向け多忙な時期であること」との記載をして、原告の机の上に置き原告に返還した。

(八)  原告は、被告鳩間が同日午後から同月二四日まで出張したため同月二二日、新たに年休届を被告鳩間の机の上に置いて、里井と共に、同月二四日から二七日までの間、札幌市において日教組が主催した全国教研に正会員として参加し、右四日間勤務しなかった。

2  当時の船浦中の状況及び原告の担当職務

(一)  船浦中は、沖縄県の西表島西部に存する中学校であるが、昭和六三年一〇月当時の船浦中の学級数は各学年一学級の合計三学級であり、生徒数は一年六名、二年六名、三年一〇名の合計二二名、教職員は校長・教頭のほか教諭が六名で、授業は校長・教頭以外の六名の教諭が行っており、各教諭は免許外の科目を含めて別紙担当科目一覧表のとおり一人二、三科目を担当していた。

昭和六三年度の週時間割は、別紙「本来の時間割」(略)のとおりであったが、同年一〇月二四日(月)から同月二七日(木)までの授業の予定は別紙「授業予定時間割」(略)のとおりであり、二五日(火)にも木曜日の時間割が行われる予定となっていた。

(二)  原告は二年の学級担任であり、二年の道徳と学活を担当するほかに一ないし三年の音楽、一、二年の美術、二、三年の家庭科の各教科と文芸クラブを担当していた。また、里井は一ないし三年の社会、三年の美術、二年の英語の各教科と社会クラブを担当していた。したがって、右四日間のうち、原告と里井が担当する予定の授業は一年は七時間(うち四時間は原告担当)、二年は一〇時間(うち六時間は原告担当)、三年は六時間(うち三時間は原告担当)合計二三時間のほか二時間のクラブ活動となる。

(三)  船浦中では、離島の学校に特有の事情として、教員の研修や本人ないし家族の病気等によりあらかじめ決められた時間割どおりに授業を行えない場合がしばしば生じるので、必要に応じて教員間で時間割を変更して「交換授業」を行い、代わってもらった教員は「おかえし授業」をするということが従前から日常的に行われ、これによって年間の授業時数の確保が図られるという状況にあった。そして、昭和六三年四月ころに船浦中の職員会議の場において被告鳩間、原告ら教職員の間で確認された同中の「交換授業、補欠授業実施方針」には、交換授業によって一日同教科が三時間以上とならないよう配慮すること、おかえし授業は休暇を取った翌週までに行うこと等の定めがあった。

(四)  前記「交換時間割」により原告と里井の欠務期間中交換授業が実施された場合、一〇月二四日から同月二九日の週は、別紙「本来の時間割」(( )内は「授業予定時間割」との比較である。)に比べ、一年七(六)科目八(七)時数、二年九(八)科目一一(一〇)時数、三年八(五)科目七(五)時数にわたって授業科目に変動を生ずる。

特に、二年の理科が四(五)時数増、一、二年の体育がいずれも四(四)時数増、三年の数字が二(三)時数増となる一方で、一年の社会が三(三)時数減、二年の社会が三(二)時数減となるほか、一、二年の音楽、一年ないし三年の美術、二年の技術・家庭がいずれも二(二)時数減、三年の音楽が一(二)時数減となって当該週の授業がなくなることになる。

また、「交換時間割」が実施された場合、原告と里井を除く他の四人の教諭の当該週の授業時数は、「本来の時間割」に比べ、多い者でも三ないし四時数程度の増加にとどまっている。

(五)  ところで、昭和六三年四月一一日から同年九月三〇日までの間に交換授業が実施された日数及びその時数は、一年は三〇日、四七時数、二年は四三日、六一時数、三年は五〇日、七七時数で、同年四月から九月までの間の各学年の授業日数及び実授業時数はそれぞれ一〇九日、五四三時数であるから、交換授業の実施は、日数にして全体の三割ないし五割、時数にして全体の約一割に相当する。

この交換授業の実施状況を週単位でみると、授業科目に変動を生ずる時数は多いときでもせいぜい一学年八ないし一〇時数であり、科目当たりの時数の変動は多くは一時数の増減にとどまっているが、週二時数の増減も珍しくなく、三時数増減のあった週や当該週の授業がなくなったものもわずかに認められる。

なお、右期間中二人の教諭が同時に四日間連続して勤務しなかった例はない。

(六)  原告と里井が欠務した前記四日間には、前記「交換時間割」のとおりの授業が行われ、特に混乱が生じることもなかった。原告は二年の学級担任であったが、各学年には学級担任のほかに副担任が定められており担任がいない場合には学活等は副担任が行うことになっていたため、二年の学活は副担任の島袋教諭が担当した。里井の交換授業に対するおかえし授業は事前に約三週間かけて行われており、原告の交換授業に対するおかえし授業は別紙変更授業実施表(略)のとおり事後約四週間にわたって行われた。

(七)  同年一一月下旬には同中の文化祭が予定されていたが、原告と里井が右四日間勤務しなかったことが文化祭の実施に影響した事実は認められない。

三  時季変更権行使の当否

1  被告鳩間が一〇月一八日に原告の年休請求を「不承認」とした行為は時季変更権の行使であると解されるので、右時季変更権の行使が適法であったか否かについて検討する。

時季変更権の行使が適法であるためには、客観的に労働基準法三九条四項ただし書所定の事由が存在することが必要であるところ、同法三九条四項ただし書にいう「事業の正常な運営を妨げる」事由の存否は、事業の規模、内容、当該労働者の担当する作業の内容、性質、作業の繁閑、代行者の配置の難易、時季を同じくして年休を請求する者の人数等諸般の事情を考慮して客観的に、かつ、年休制度の趣旨に反しないよう合理的に決すべきである。

2  そこで、本件において、「事業の正常な運営を妨げる」事由があったか否かについて、前記認定の事実に照らし検討する。

(一)  原告がその年休請求にかかる期間中勤務しなかった場合、原告の担当する科目の授業を他の教諭が代わって担当することはできないから、その意味では原告の授業は本来代替し得ないものというべきである。しかし、交換授業の実施により当該時間を他の教科に振り替えることはもとより可能であるし、とりわけ、離島・僻地にある船浦中の場合、教諭の数が少ないことから、教諭が欠務した場合交換授業とおかえし授業を行い、もって年間の授業時間数を確保しなければならない状況にあり、実際にも頻繁に交換授業が行われていたのであるが、教員にも年休権を保障している法の趣旨からも、授業が本来代替し得ないということだけで直ちに原告の年休の時季指定が事業の正常な運営を妨げるものといえないことはもとよりいうまでもなく、年休権の行使に伴う交換授業の実施により本来の時間割とある程度の差異が生ずることはやむを得ないというべきである。

(二)  しかしながら、週のうちに各教科がバランスよく配置されることが生徒の学習の負担や教師の負担を適正に維持し、生徒の学習意欲及び指導効果を上げるためには望ましく、本来の週時間割もそのような点に配慮して作成されたものであることにかんがみれば、交換授業の実施により授業科目に極端な偏りが相当期間にわたって生じるときは、生徒及び教師に過重な負担をかけ、生徒の学習意欲及び指導効果を阻害することとなって学校教育の円滑適正な運営を妨げる結果となるから、このような場合には「事業の正常な運営を妨げる」事由があるものといわざるを得ない。

(三)  ところで、原告の欠務期間中の前記「交換時間割」は、交換授業の時数、科目ごとの時数の変動、その後のおかえし授業に要する日数からみて、それまでの船浦中の交換授業の実施状況と比較してもかなり特異な状況にあったことは否定し難い。

(四)  けれども、原告は里井と共に約一か月前から年休を取る旨被告鳩間に申し入れ、約一週間前には同僚の教諭の了解を得て、右「交換時間割」を作成してこれを被告鳩間に示しており、交換授業に伴うおかえし授業も里井は事前に済ませ、原告は事後に行うこととしていたのであって、原告はその年休取得に際し授業その他学校運営に与える影響をできるだけ少なくすべく里井と共に必要な措置を講じていたものと評価でき、実際にも原告及び里井の欠務期間中右「交換時間割」により授業は混乱なく行われたものである。

(五)  そうして、右「交換時間割」によれば、一日に同一学年で同じ科目が二時数となるものも多数見受けられるが、実技科目を除いては、一日に二時数同一科目が連続することはなく、ほとんどが午前一時数と午後一時数に振り分けられているし、個々の科目の時数の増減をみても、二年の理科、一、二年の体育の増加が著しいものの、その他については従来の交換授業の実施に際しても生じたことがある程度のものであり、当該週の授業が全く行われない科目は九科目(道徳、学活を除く)中二科目(一、三年)ないし三科目(二年)にとどまっているのである。

(六)  以上の諸事実を勘案すれば、その後のおかえし授業における授業時数の変動を考慮にいれても、右「交換時間割」の実施による授業時数の変動は、生徒に過重の負担を与え、学習意欲及び教育効果を阻害する具体的なおそれを生ずる程度のものとはいい難いと考えられる。

そして、右「交換時間割」の実施については、他の教諭の了解をあらかじめ得ているのであり、これにより生ずる教諭の授業時数の増加もさほどではないことからすれば、教諭の負担の増加により授業その他学校運営に支障を生ずる具体的なおそれもなかったものといえる。

そうして、原告の年休の請求にかかる期間中に残りの四名の教諭の中から欠務者が出ることが具体的に予想される状況にあったとも証拠上認められない。

また、原告の年休取得により文化祭その他の学校行事の実施等にも具体的な支障が生ずるおそれが存したとも認め難い。

3  以上によれば、結局、原告が勤務しなかった右四日間について、原告の年休取得によって船浦中の事業の正常な運営を妨げる事情があったものと認めることはできないものといわざるを得ない。したがって、被告鳩間の原告に対する時季変更権の行使はその要件を欠き無効であるから、原告には右四日間について年休が成立し、就労義務が消滅することとなる。

四  被告県に対する請求

前記のとおり、原告に対する時季変更権の行使が無効である以上、原告の昭和六三年一〇月二四日から二七日までの四日間の欠務は年次有給休暇として取り扱われるべきである。ところで、被告県がこれを年次有給休暇として取り扱わず、右四日間について原告に支払われるべき給与合計四万九〇六七円を支払わなかったことについては当事者間に争いがない。したがって、被告県は原告に対して右未払給与の支払義務を負うとともに、これに対する支払日以後の日である平成元年二月一六日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。

五  被告町に対する請求

1  まず、被告鳩間が原告に対し時季変更権行使の要件を欠くのにこれを行使して原告を欠勤扱いとしたことに故意又は過失が存したか否かを検討するに、前記認定事実によると、被告鳩間は前記「交換時間割」を検討した上で、原告と里井の双方に四日間の年休を認めることは事業の正常な運営に支障があると判断して、原告に対して時季変更権を行使したものであるということができる。しかるところ、右「交換時間割」の実施が学校教育の円滑適正な運営を妨げるようなものであるか否かは、船浦中においてそれまで二人の教諭が同時に四日間連続して年休を取ったことがなく、従来同中で行われてきた交換授業に比して、右「交換時間割」はその交換授業の時数、科目ごとの時数の変動、その後のおかえし授業に要する日数からみてかなり特異な状況にあったという前記認定の事実に照らせば、その判断に相当微妙な面があるといわざるを得ない。また、本件当時までに、離島・僻地の学校における教職員の年休についての時季変更権の行使の適否が問題となったような裁判例が公刊物に掲載されていたことを認めるに足りる証拠もない。したがって、被告鳩間において時季変更権の行使の要件である事業の正常な運営を妨げるか否かについて十分な検討をしたとしても、客観的に正確な判断を期待することは困難を強いるものであったといわざるを得ない。してみれば、被告鳩間が右判断を誤って時季変更権を行使したことには、故意はもとより過失があったとも認めることはできない。

2  次に、町教委の宇根教育長及び大浜指導主事が右時季変更権の行使を適法なものと信じて文書訓告を行ったことにつき過失が存するか否かについて検討する。

前記争いのない事実に、(証拠略)の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  被告鳩間は、昭和六三年一〇月上旬ころ、町教委の大浜美好指導主事に対し、原告と里井の二名が四日間年休を請求しているので認めてよいか否かを電話で問い合わせたところ、大浜は、竹富町立学校管理規則の中に「職員の有給休暇は、校長が承認する。ただし、職員の七日を超える有給休暇を承認したときは、教育長に報告する旨の規定があるため、校長である被告鳩間の裁量の問題である旨答えた。

(二)  被告鳩間は、前記認定事実のとおり、原告に対して時季変更権を行使し、原告の前記四日間の欠務について欠勤扱いにし、同年一〇月二七日、町教委に対して、時季変更権を行使するまでの経過を報告書にして提出した。町教委の大浜主事は、右報告書を受け取った後、一一月上旬ころに被告鳩間を町教委に呼び、時季変更権行使の理由、交換時間割の内容等について報告書に沿って事実関係を聴取し、被告鳩間の時季変更権の行使は適法であり、原告の欠務は、校長の職務命令違反であると考えて、教育長の宇根実に文書で訓告するように進言する一方、原告から意見書を提出させ、一一月一二日には原告を町教委に呼んで直接意見を述べる機会を与えた。

そして、同年一二月一二日、宇根教育長、大浜主事らは、原告を町教委に呼び、右四日間について原告が無断欠勤したものであることを前提として、「かかる行為は、職務上の義務に違反し、父母、地域住民の学校に対する信用と期待を裏切るものである。今後はかかることがないよう、文書でもって訓告する。」旨の教育長名の訓告書を読み上げ、原告に対して文書で訓告をした。

右認定事実によると、町教委の宇根教育長及び大浜主事は、原告と被告鳩間の両方から事実関係を聴取し、被告鳩間の時季変更権の行使は適法であると判断し、その前提に立って文書訓告を行ったものであるということができる。しかるところ、被告鳩間の時季変更権の行使が適法であるか否か、すなわち、原告がその年休請求にかかる四日間欠務することが事業の正常な運営を妨げるか否かについては、前記1で述べたとおり、正確な判断を期待することが困難であったといわざるを得ない。したがって、宇根教育長や大浜指導主事において被告鳩間の時季変更権の行使が適法であると判断しても、右判断を誤ったことについて過失があるとはいえない。

3  さらに、前記時季変更権の行使及び文書訓告によって、原告がある程度の精神的苦痛を受けたとしても、本件に顕れた諸般の事情に照らせば、右苦痛は、本判決の理由中において時季変更権の行使が不適法であり、文書訓告が根拠を欠くものであることが明らかにされることによって、慰謝される程度のものであると認めるのが相当であり、原告がそれ以上の精神的苦痛を被ったものと認めるに足りる証拠はない。

4  したがって、原告の被告町に対する請求は理由がない。

六  被告鳩間に対する請求

原告は、被告鳩間が時季変更権を行使したことについて、不法行為として公務員個人の損害賠償責任を主張するが、仮に、原告の主張するとおり、故意・重過失のある場合には公務員個人の責任を追及できると解したとしても、前記のとおり、被告鳩間には時季変更権の行使について故意・重過失があったものとは認められないので、その余について判断するまでもなく原告の被告鳩間に対する請求は失当である。

七  結論

以上によると、原告の被告県に対する請求は、理由があるからこれを認容し、被告町及び同鳩間に対する請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、仮執行の宣言の申立てについては、これを付するのは相当でないから却下し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 加藤正男 裁判官 大竹優子)

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